みちくさ―間違われた男〔中世ヨーロッパ（別視点）編〕― 中へ 後 次ページへ
７
幾つ目かの町は、今までで一番大きな街だった。宿屋や酒場がある。
私たちは、久しぶりに宿をとった。
まだ日が出ている。
「智紘、俺は街を見てくるが、お前どうする？」
「私は少し休んでいます」
酒場。
いくら聞き込みをしても、めぼしい収穫は得られなかった。
今日は１杯飲んで終いにしよう。
「ハンターの旦那、今日も駄目だったようだな」
「ええ」
僕は、大きな鞄を足下に置いてため息をついた。中には狩りに使う七つ道具が入っている。
「早く何とかしてくれねえと、この街はババアだけになっちまうぜ」
周りの男達は笑ったが、一緒に笑う気分にはなれない。店主の言葉は、冗談では済みそうにないからだ。ここ２週間の間に５人の娘が惨殺された。全員が体の血を全部吸い尽くされて発見されたのだ。普通の人間の仕業ではないとして、専門職の僕が呼び出されたのだ。
なのに、手掛かりが全く見つからない。噂が立てば失業してしまいそうだ。
奥の席で、焼いた肉をつまみに、一人、飲んでいる男が居る。
どう見ても病人だ。肺病病みか、そう長くはなさそうだ。
ご大身の従者、といった身なりをしている。
「調子はどうだい？」
「調子？」
「君、顔色が悪い。何処か悪いのか？」
「気分は最高だぜ。久しぶりのご馳走だ」
彼は肉にかぶりついた。
僕は、彼に十字架のネックレスを見せた。
「ウウッ！！」
男は、胸を押さえて苦しがる。僕は、反射的に手に持っていた小瓶の中の水を振りかけた。男の左手首に複数の噛み傷がある！
「何すんだ！あんた、冗談も通じねえのか？」
「悪かった。ここの所、嫌な事件が続いていてね。何者かに、若い娘が殺されているのだ。血を吸われて」
「俺は、今日この街に着いたところだ」
「すまなかった。何かあったら僕に言ってくれ、君なら格安で相談に乗る」
僕の職業は吸血鬼ハンター。
男が店から出てくるのを待って、彼を蝕んでいるモノの正体を突き止めなければならない。
８
彼が戻ってきた。
「稲作」
「智紘」
私たちは同時にお互いを呼び合った。
「先に話して」
「先に話せ」
また同時。
「じゃ、俺から話す。今飯を食ってきた。今度はお前の番だ。ちょっとアルコールが入っちまったけど、大丈夫かな」
「今日はいいよ。あまりお腹が空いていない」
「昨日もそう言ったぜ。遠慮するな、いつ仲間になってもいいんだから」
「恐いのです。私は、今まで誰も仲間にしたことがありません」
「８００年間、一人も？」
「はい。やり方は知っていますが、あなたにどのようなことが起こるのか解りません。どのくらい時間がかかるのかも。だから、この宿ではちょっと」
方法は簡単だ。私の血を、彼に与えればいい。彼の身体は、私を受け入れることが出来るだろうか。
「そうなのか。じゃあその話は後でいい。……そうだ、この町にお前の仲間がいるらしい。さっきそいつと間違われて、十字架見せられたぜ。後で会いに行ってみないか？」
「はい。その人にどのようなことが起こるのか、危険を伴うことなのか、聞いてみます。少し、いただいてもいいですか」
彼は、手首を吸っているうちに気を失った。
ごめんよ、稲作。
この頃の私は、彼からしか与えられていなかった。彼が、彼以外からもらうことを許さないからだ。自分が人の間は、自分から飲むように、と。
私は、ジュディットの姉のように、彼を追い詰めた。
このままがいいのに。
温かいあなたと旅を続けたいのに。
私は、彼の真っ直ぐな黒髪を撫でた。
終わりの日が近い。
私は、夜の街に出た。
コウモリ達は直ぐに情報を運んで来た。
訪ねた先で見たものは、理性を失った仲間。
彼が抱いている少女は生きていない。
「なぜ、殺した」
「なぜ？……お前も、同類だろう」
「私はそんな惨いことはしない」
「そうかな？お前も仲間なら、同じ事をしているはずだ。よく考えて見ろ、何人仲間に引き入れた。違いは、動くか動かないかだけだろう？」
「違う！」
「そこまでだ！」
背後から、第三者の声がした。
９
「気が付いたか。良かった、ちゃんと息をしているな」
一仕事終えた僕は、とって返して彼をこの診療所に運んだ。
「君が魅入られていたことは、判っていたから」
「なぜ？」
「手首の噛み傷」
彼は、あの吸血鬼を捜して辺りを見回した。
「もう、心配はいらない。吸血鬼は退治した」
「退治した？殺したのか！？」
「興奮するな、元々死んでいる者だ、魔物なのだ。元の姿に戻しただけだ」
「酷い、あいつは、俺たちなんかより、ずっと善良だった」
「目を覚ませ！彼は、君を殺そうとしていたんだぞ」
「違う、寂しかったから、一緒に居られる仲間が欲しかったのだ。俺もそれを望んだ。同意の上だった。８００年生きていて、初めてだったんだ。いいじゃないか、そのくらいの事を望んだって――」
「証言に食い違いはないようだな。――入っていいよ」
「智紘！」
「稲作、退治されたのは、私が会いに行ったここに棲む仲間だ。彼は、おかしくなっていた。仕方がなかった」
「お前は、大丈夫か？怪我はないか？」
「はい」
「智紘」と、私を呼んだのは、吸血鬼ハンターの男。
「君がこの人を仲間にしたら、僕は君を狩らなければならなくなる。そんな真似をさせないでくれたまえ」
「俺が望んだ事でも？」
「そうです」
「もう、この人からはいただけないようです」
吸血鬼ハンターは、私の言葉に首を傾げている。
「稲作、あなたは、どの時代からやってきたのですか？」
「西暦２００X年だ」
「場所は？」
「日本」
「日本の何処？」
「群馬県だ。なぜそんなことを訊く？」
「その頃、私は１３００歳」
「生きていられるのか？」
「運が良ければ。いいえ、もう一度あなたに会うために生きていたい」
「？」
「稲作、体が消えかけている」
「お前の仲間にしてくれるんじゃねぇのか？」
私が首を横に振ったのが、彼には見えただろうか。
私たちは呆然と、彼が居なくなったベッドの上を見詰めた。
おわり
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【あとがき】
視点を変えて書いてみようと、思いつきました。
セリフはほとんど同じですが、こちらの方がウエットな感じがします。
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