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４
「ヨォッ」
翌朝。
「ん？昌か？」
「久しぶりだね、リュウちゃん」
「見違えたぜ。いい女になった」
「あんたもだよ、真面目にやっているらしいね」
ここは小さな自動車整備工場。龍司は父親を手伝って整備工をしている。昔、彼が言っていた通りの道を歩んでいる。
龍司は昌子の五歳年上で初めて好きになった男だ。当時は族のヘッドだった。中三だった昌子は夜な夜な彼のバイクに乗せてもらっていたのだ。もちろん誰にも気付かれる事はなかった。
「どうした？こんな早くにこんな所へ？」
「いや、他を当たるよ」
髪も染めていない龍司の所には情報は来ないだろう。おまけに左薬指に指輪がある。
「水臭いぜ、わざわざ訪ねてきた癖に」
「リュウちゃんすっかり堅気だから聞くだけ無駄だよ」
「聞くだけ聞くさ。誰かに振れるかも知れねえ。当時の連中がみんな俺のようになっているとは限らねえから」
昌子は稲作の一件を話した。
「昌、随分ヤバイことに首を突っ込んでいるじゃねえか。あきらめろ、あそこの組には黒田がいる。広木が殺っていないんだったら、殺ったのは黒田だろう」
「黒田？」
「俺の宿命のライバルだった」
「あのトド野郎か？」
敵対グループのヘッドだった凶暴な男だ。背も横も大きく色黒でスキンヘッド、トドにそっくりだった。
「本物のヤの字になったのはあいつだけだぜ。みんななるだろうと思っていたけどな。あいつが絡んでいるならあきらめるしかない。あいつは人の命なんて何とも思ってねえやつだから。今までも何人も殺ってるっていう噂だ」
「……」
「よく知っていると思うか？俺はいまだに黒田の事をライバル視しているんだよ。この勝負は俺の勝ちだ。俺は三人も遺伝子を残しているぜ。……殺された組長の息子は有名大学に通っている。跡を継げばインテリやくざだ。そのうち黒田は組を追われるだろう」
「昌、何でお前はいつもまともな男と付き合えない？」
「あいつはまともだよ」
「やくざに殺られるような男がか？」
「お人好しの田舎者だからはめられたんだ。……それに、付き合っている訳じゃないし」
「だったら尚更だ、あきらめろ」
「……こんな気持ちになったのは、初めてなんだ。嘘みたいだけど、あたし、あいつの事好きみたいだ」
昌子は、昔の男の胸で泣いた。
清楚な黒のワンピース、黒い帽子、黒いストッキング――喪服。
美しい。
亡くなった妻そのままの愛娘、昌子。容姿で自分から受け継いだのは身長だけだ。
赤木勇作は、黒いネクタイを締めながら胸のときめきを覚えた。気持ちが、あの頃に戻っていたのだ。これから最後の別れに行く、亡くなった友、石坂卓哉とこの娘の母親を争った若かった頃に。
「お父様、私もご一緒させてください」
「なぜだね？」
「正直に申します。あの事件の真相を知りたいのです。あの容疑者は私の同級生」
「同級生？」
「親友」
「親友？」
「好きなのです」
「恋人なのか？」
「いいえ――」
「これから行くところがどんなところか、わかっているね」
「はい。ご挨拶代わりに参列させていただきたいのです」
「顔を売っておきたいと？」
昌子が跡を継ぐ事など考えているとは思わなかった。なぜだか彼女は勇作の前では言葉を崩さない。
「はい」
「残念だが、仕事上のつき合いはないんだ。君達と同じように高校時代の友達だ。あんなところに連れて行く事は出来ない」
「お願いします」
友達も少なかった娘。好きな男がいたとは気付かなかった。容姿は病弱だった母親にそっくりだが、思いこんだら突き進む性格は、自分と似ている。連れて行かなかったら、独りで乗り込むだろう。
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