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警察官になって初めて「山さん」と呼ばれた時には酷く違和感があった。
俺は、あんなにヨレヨレじゃない。
全国の警察で山が付く名字を持ち、このあだ名で呼ばれている人が何人いるだろう。あのころは、はっきり言って無個性だと思ったのだ。今では、元気良く先を歩く若い富岡に「山さん」と呼ばれても何の違和感もない。中身も服もくたびれている。あだ名に自分の姿が追い付いてしまっているのだ。山田は息を切らせながら、富岡の後を付いていった。
そこは、雑木林に囲まれた一軒家のはずだった。田舎ならではだが、宅地としてはかなりの広さだ。
ボロボロの洋館は所有者が転々とし、地域の住民から危険だから解体しろと要請があったが、所有者が費用を出せないと言う理由で保留、自治体も手を出せないお荷物になっていた。今の持ち主はバブルの全盛期にここを買い、山田などは一生縁がないような隠れ家的な高級料亭を建てる予定でいたらしい。バブル崩壊とともに予定も泡と消えてしまったのだ。
私有地だから勝手に入るな、としか言いようがないのだ。申し訳のように、年月で色あせた「私有地に付き立ち入り禁止」の立て札が数カ所に立ててある。
「山さん、なんか煙いっスね」
「埃だ」
まだモウモウと砂埃が巻きあがっている先で、洋館は瓦礫の山になっていた。
「これ、あいつがやったのか……」
「何か？」
「いや」
広木ならやりかねない。
彼が高校生の頃、何回か捕まえかけたことがある。初めは未成年とは思わなかった。高校一年の時、街で喧嘩して相手に怪我をさせたのだ。相手はヤクの売人で声をかけられた彼は口論になり、暴力に訴えたのだ。見ていた人が通報したのだが、怪我をさせられた当人が逃げてしまった。
一人残った広木に何であんな奴らを野放しにしておくのかと反対に説教された。今時の若者にしては威勢のいい正義漢だ。警察官にならないかと誘ったことがあるが、家業を継ぐからだめだとあっさり断られてしまった。いつも広木のやらかすことには彼なりの理由がある。ただ、体が大きいせいではないと思うが彼が絡むと事が大きくなるのだ。
「山さん、誰か寝てます！」
富岡が駆け寄る方を見ると、寝かされているのは森本だ。大きな上着が掛けられている。
「大丈夫か！しっかりしろ！」
「起こすな。そのまま車に連れて行け」
起こすとやっかいだ。
この春、森本を連れて歩く広木に会った。森本は常軌を逸していたし、広木は別人のような暗さを漂わせていた。あの時、困ったことがあれば相談に乗ると携帯番号を交換したが、以来電話もなければ会うこともなかった。
山田は、あの時聞いた番号に電話をかけると、辺りを見回した。まだ富岡は戻ってきていない。富岡が使う山田専用の着メロが足の下から聞こえてきたのだ。彼は山田が知っていることに気付いていない。
「マジかよ……」
携帯だけであって欲しいものだ。
聞こえてきた曲は、帝国軍のテーマだ。
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